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動物が見える?

小学校入学直後のいろいろな配布物の中に、精神状態を調査するアンケートがあった。

保護者の方が読んであげてください、と書かれていた。

 

この件をめぐる我が家での会話

 

母親:「『そこにいない動物などが見える』だって。◯◯君、何か見える?動物とか、いないのに?」

小1:「?」

母親:「うーむ。難しいよね。見えるんだとしたら、本当はいないかも?って思わないよね。見えるからこそ、いる、って思うんだよね。目の前のワンちゃんとか、見えてるものを、本当はないって疑うのって、つまり、それは…」
哲学科出身の母親は、深みにはまっていくのだった。

小1:「そーゆーことはないよ。うちに動物とかいないし。いないものは見えないよ。」

母親:「じゃあ、『全くない』に◯ね。」

アンケートの質問が読めない・意味がわからないことを考慮して、保護者が一緒に答えるようにとのことなのだろうが、かえってヤヤコシイことになりそうだった。

ちなみに、この後、母親は折に触れて「オバケとか幽霊、あるいは目に見えないようなものなんて怖くないよ。生きてる人間が一番恐ろしいことするんだよ。」と言い聞かせるのであった。

 

母親:「『とても楽しかったり、つまらなかったりする』って…そういうことある?」

小1:「?」

母親:「でもさ、人間、生きてれば、すっごく楽しかったり、すっごくつまらないってこと、普通にあるよね。毎日毎日すっごく楽しい〜!ばっかりって、逆に変だよねぇ(´・_・`)まあ、ここで聞きたいのは、訳もなく気分が盛り上がったり盛り下がったりするか?ってことなんだけど…」

小1:「うん。◯◯君も、楽しい!の後にイヤな気持ちのこともあるよ。毎日ずーっと楽しい!ばっかりはないよ。学校行ったら疲れるし。」
当時はまだ、家族の前では自分のことを、僕、じゃなく、◯◯君と言っていたのだ。

母親:「どうする?正直に答えると、『いつも』に◯なんだけど。『ときどき』くらいにしておく?」

小1:「『全くない』でいいよ。」

もし、正直に◯をつけてたら、その後どういう展開になったか、かなり興味がある。