映画『もういちど』

昨夜、BS日テレで『もういちど』という映画を観た。

番組表を見ていて、落語に関する映画だというので、なんとなく予約してあった。2014年公開で、林家たい平さんによる企画・主演の作品だ。

いやー、よかった。

 

たい平さん演じるたい平が噺家志望の貞吉に教えるシーンでは、落語をよく知らない方に向けて、へー、ほぉ〜と思えるような、豆知識がふんだんに盛り込まれている。

「右向いて、左向いて、しゃべるんだ。」

複数の人物を演じ分けるために、左右に顔を向ける。 

ちなみに、これは、上下(かみしも)を振る、なんていうよ。

舞台の上手側と下手側に立つ役者が会話しているとしよう。セリフを言うそれぞれの役者を客席から交互にアップで撮ったらどうだろう?下手側は上手を向いて=役者自身から見て左に顔を向けてセリフを言い、上手側は下手を向いて=役者自身から見て右に顔を向けてセリフを言うはずだ。
落語では、それを一人の演者がやるわけだが、ずっと真横を向いていると客席からは表情が見えないし、声も届かないから、右斜め、左斜めに顔を向ける。

そして、上下の振り方の度合いひとつで、距離、位置関係を表せてしまうのがスゴイのだ。

すぐ隣を歩いている人物との会話は、ほぼ真横を向いた方がそれらしく見える。同じ部屋で向かい合ってご飯を食べている場合は、左右に45°前後だろうか。玄関(下手)と部屋の一番奥(上手)であれば、もっと少な目。道のずっと向こうからやってくる人に呼びかける場合は、あごを上げ、ほんの僅かだけ向きを変える程度。遠くの山を見るときは、真正面。階段の上の人物は、少し膝立ちした体制から斜め右上を向き、階段の下の人物は、斜め左上を仰ぎ見る。

「扇子と手ぬぐいで、なんでもできちまうんだ。」

ホント、なんでも表してしまう。
物の全体でなく、一部だけを表していることも多いのだが、あとはそれの持ち方・動かし方次第で、全体が見えてしまうのだ。

扇子は、閉じた状態でも、少し開いた状態でも使われるのだ。箸、しゃもじ、キセル、筆、船の櫓(の持ち手部分)…。

たい平さんが刀を抜く仕草では、長い刃の部分が本当に見えるようだった。

手ぬぐいは、財布、タバコ入れ、手紙、本…。

映画の中では、アッツアツの焼き芋になっていた。

 

もちろん、落語豆知識だけではない。ストーリーもよかった。
落語に練習に励む貞吉を、おとっつぁん、おっかさんだけじゃなく、大家さんや長屋の皆んなが見守っている。奉公先のお店の旦那さんもイイ人だ。ささくれ立った心に、あったかいもの、キター!だよ。

な、泣きました…

そして、たい平さんがラストで演じた「藪入り」。
ええぇっ?自分、不覚にも涙が…(´Д` )

 

たまたま、特に期待もなくテレビで観たってだけなのに、こんなに感動させてもらって、得した気分だよ。

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